障害2級になりました(追記:自費診療、自主トレについて)
以下、ここまでのすべての記事と同様、過去に書いたものを一部リライトして投稿しています。
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手術してから2年が過ぎました。
嚥下機能(飲み込み)
退院時はとろみが必要だったのが退院後数ヶ月で不要になる。嚥下機能自体はいくらか良くなったと思いますが、相変わらず苦労します。この一年では大きな変化はないと思います。
でも、ほぼなんでも食べられます。大福やだんごも食べられますが、正月の雑煮だけは怖くてチャレンジしてない。
構音障害など口周囲の動き
舌の動きが相変わらず良くないので、発音があまり良くなりません。ろれつが回りづらいので「ゆっくり、大きな声」で話さないと相手に聞きとってもらえません。
そもそも声量の強弱が細かくできません。大きいか小さいかの2段階くらい。これでも良くなりました。
軟口蓋は以前より上がったようですが、まだまだなので息が鼻から抜けて長文を一息に話せない。でも前よりは良くなりました。
唇も失調があるので、口の中のものを零しやすい。
上肢
日常的によく行うこと「ベッドから起き上がって壁やドアのふちに掴まって歩く」ときや、「トイレに入ってドアのハンドルを引いて閉める」行為は毎日行う日常作業のせいか、最初の頃揺れて掴みにくかったのに、大分揺れなくなってしっかりつかめるようになりました。
一日にパソコンで字を打つことは相当多く、最初の頃よりは、思いもよらないところのキーを触ってしまうことは減りましたが、障害のある使い方に慣れてしまい、右指は中三本、左指は中指一本なのは治りません。意識してなるべく全指を使うようにしていたら、進歩してたような気がします。
下肢(歩行)
足だけではなく体幹やいろいろなことが関わってきそうですが、こちらは明らかに、退院時より下手になっています。リハビリ病院を杖で退院しても車いすに戻るとよく聞きますが、同じようなことですねきっと。入院中は365日休みなく毎日一時間筋トレや歩行練習していた状態から、専門家に付いたリハビリ時間が一気に減りましたからね。昼間一人で家にいますが、私はしゃがんだり立ち上がったりが出来ないのもあり、転ぶのを注意して、最低限しか動きません。
そんな感じで、2年経ったし、けして生活しやすくなるほど改善はしてないので、障害者認定してもらいました。2級です。
私は介護保険も使ってますから、被るサービスは介護保険が優先となり、これでリハビリ自体が増やせるわけではありません。でも障害を取ると障害年金がもらえますし、タクシー券もいくらかもらえますし、医療費も安くなります。
調べれば、いろいろなところで障害者サービスや割引なども受けられそうです。
今後、じっくりリハビリなどの見直しも行い、やっぱり、信頼できる先生が見つかれば、自費診療を受けようかと思っています。
現在の訪問リハ+デイサービスのリハビリ活動は受けた直後、レベルが3上がったとしても、次に受けるまでにきっと0かー0.1とかに落ちるんです。
0にいくらかけても0にしかなりませんし、マイナスをかければ、どんどんマイナスの数値は上がる(状態が後退する)わけですから、自費で1回1万とか払って3レベル上がって、次に受けるまでにもし下がってもそれが0.8とかであれば、長い目で見れば改善していくわけですから、いくらやっても0か-増えるばかりの現状を続けるより、とにかく違うことをして様子を見ようかなと思っています。
追記
コメントを頂いて、この記事の説明不足に気が付きましたので、追記します。
退院後、介護保険の制限内で受けられる専門家によるリハビリだけで、後遺症の改善はほぼないと思います。
時間、回数的に制約のある訪問リハは、そのときに専門家の指導やアドバイスを聞き、状態の変化を見てもらうことが主体になると思います。
その機会に日々の生活でどのような自主トレをするべきか指導してもらい、それを地道に日々続けていくことこそが機能改善になると思います。
ただし、その専門家にもいろいろな考えの方がいますし、リハビリ概念、アプローチにもいろいろな考えがあり、どれが最も正解とはいえませんし、どの概念でも向かない症状があると思います。症状により、より合ったアプローチ法は自分でもいろいろ調べて、試して、目星を付けるしかないと思います。それでさえ、もちろん、合っていない可能性はあります。
私が通うデイサービスは複数のPTさんがいますが、ほとんど指導はしてくれません(利用者全員に目を配れる状況ではない)自主トレについて聞いても「でもあんこさん、一人で立ち歩きされるのは怖いし厳しいし…ここ(デイ)に休まず来て、どんどん一緒に運動しましょう」という感じで怪我を怖がられます(ぶっちゃけ、入院されて長期で休まれるのは嫌なんだと思います)
また整形外科でのリハビリ職出身で「正直、脳疾患後遺症のアプローチの仕方は分からない」と言い切るPTさんもいます。
資格を取って3年目くらいのあるPTさんは、リハビリ病院にいましたが、私の疾患を見るのは初めてで、なにが原因でどういう影響が出るか未だよく分っていないです(もう一年くらいの付き合い)
というか、どのPTさんも私の症状をちゃんと説明してくれないし、実際試し試しな感じです。「あんこさん、どうすればいいか分からない。悩ましい」と、はっきり言われたこともあります。
デイサービスとしては、かなりリハビリを考えたメニューにしてくれていると思いますが、やはりデイサービスの法的な制約やシステム上では、出来ることに限界はあるのです。
ですから、申し訳ないですが、私が通うデイサービスのPTさんにはあまり期待していません。
私は自費診療をいろいろ受けてみて、自分に合っている方法を探すこと検討することにしました。
今はボバース概念が一番向いてるかな、と思っているのでそのあたりを中心に探すつもりです。
同じデイサービスの利用者さんで自費診療も受けている方がいますが、とてもその先生を信頼されていて、毎回、宿題(次まではこの自主トレをすること)というのを出されるそうですが、自費で高いということと、その先生を信頼しているので、自分でも驚くほど自主トレ真面目にやるようになった。まだ半年くらいですが、明らかに良くなってきたと言っていました。それを聞いて、私も自費を考え始めたところです。
下肢に限らず上肢、嚥下、構音もなるべく正しい自主トレを、日々地道に行うことが最も大事なことだと思います。
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☆この記事は2010年代初出のものを身バレ防止のため時期をぼかしてリライトしています。
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介護認定は状況・状態をよく考えて、能動的に下調べして受けましょう
リハビリ病院に入院してすぐに介護保険の認定調査を行い、結果は「支援2」でした。
当時は介護保険そのものを全く理解していませんでしたし、説明を受ける時にも「認定されると介護用ベッドや室内への手摺りの取り付けが実際の金額の1割で受けられたりするんです」と説明され、(いや、介護ベッド要らないし、家じゅう手摺だらけにしたくないし)くらいにしか思っていませんでした。
わからないから、完全、受け身でしたね。
それが退院していざ、リハビリをしようとしたら支援2では訪問リハビリ受けられるのは月(4週)に320分まで(1回40分以上60分までなので、週1か2しかできません)、デイサービスは支援の場合は回数ではなく月払いで金額が変わるので、本当は毎日でも行けそうな気がしますが、週1か2までが常識みたいでした。
リハビリ病院では365日毎日リハビリがあって「1日でも休むと後退するから、外泊は1泊まで」と決められていたほどなのに、家に帰ったらリハビリやりたくても上限に阻まれてリハビリが出来ないのです(自費で1時間1万とか2万払うところに毎日通うお金と介助があれば出来ますが、そんな人は一部の富裕層だけですね)
で、やっと介護保険についていろいろ調べて「私って支援2じゃおかしくない(軽すぎない?)」と思うようになり、実際に周囲の同じ被保険者や福祉の仕事をしている友人に「その状態で支援2なんておかしい」と言われ、なにしろ昼間独居の私は自分で外来に通うことも出来ないうえに(ヘルパーさんも頼めなかった)、上肢、下肢、嚥下、構音等、ST、PT、OTすべて必要なのに週に2回までしか受けられないので1回ずつにしても全部は受けられない状況でした。
そして、いろいろ調べて準備して「区分変更」を申し出て、再調査を行い、晴れて?「介護3」の診断が下りました。
支援1、支援2 /サービスが変わる壁/ 介護1、介護2、介護3、介護4、介護5
支援2から介護3ですよ。なんですか、この違い。
介護保険を受けている方、またこれから認定調査を受ける方は、是非とも自分の認定度が妥当であるか妥当でなく軽く見られているなら、再度区分変更、もしくは不服申し立てをしてください。
調査での受け答え、調査員(だいたい担当ではないケアマネ)の人柄、病気への理解度、見立て次第で決まってしまいますから、「私は要支援2だけど、介護2程度あるはず」と思う方は、それが勝ち取れるよう(?)に、しっかり準備をしてください。
ネットで調べれば、コツや一次審査(コンピュータ)のシュミレーションも出来ます。
と言うわけで、介護3になったのはいいのですが、最大の落とし穴は訪問リハ自体に法的な上限があってその上限以上受けられないんです。
月(4週)480分まで、つまり週に3種類やるのだとしたらそれぞれ40分ずつしか出来ないのです。
訪問リハは最初体温や血圧を測ってから始めますから、実質週に30分程度しかリハビリ出来ません。
介護1~は、デイサービスを複数の会社と契約して通うことが出来ますし、1回あたりで料金が計算されますから、その気になれば毎日でも行けます。
が、デイサービスは、本来、高齢者が引きこもりにならないようにの社交の場だったり健康維持するために行くようなところです。
今でこそ「リハビリ特化型デイサービス」というところは増えていますが、まだまだ少ないですし、リハビリ特化型とはいえ、病院のようなリハビリを望むところではないです。
いくらスタッフが利用者のために頑張りたくても、完全なリハビリを提供できるような状況ではないと思います。
私ももうリハビリになるとは思っていません。まったく一人で外に出られず、家にいると立ち座りも辛いし歩くのも下手で座りっぱなしになってしまいますから、体をほぐすためと軽い運動に続けている感じです。
実際、歩くのは退院時より明らかに下手になってきています。
支援2の時は約1万単位強(≒10万円分くらい1割で利用できる)弱だったものが介護3では約2万6千単位(≒26万分)になりましたが、使い道がありません。
それどころか、介護度が上がるほど、サービスの利用料も高くなります。
ヘルパーさんと言っても、私が行きたい電車に乗って行くような遠くの病院は付き添ってもらえませんし、同居する家族がいる以上、お願いできることがなく、結局使わずじまいです。
介護3になって、一応すべてのリハビリを週1受けられるようになりましたが、所詮週に40分ですし、単位だけがごっそり余って、すべての単価だけ高くなりました。
今年(障害後2年め)の調査員さん(よそのケアマネさん)は、介護保険だけではなく障害のことも詳しく、いろいろ教えてくれましたし、病状のことも少し話せば理解してくれる感じで、すごくいい人でした。
「状態は去年と同じか、ものによっては悪くなっていますが、結局、単位をろくに使いきれないし、単価が上がるだけだから、出来れば介護度を下げたい」と話したら
「そうですよね! 分かりました。私は審査できませんが、そういうことも書いておきます」とおっしゃってくださった。
そして今年(障害後2年め)の認定調査結果は「介護2」になりました。
この1年は自主練する気が失せているのもあり、趣味に熱中していいたのもあり、ほとんど回復していないどころか、不自由な体を不自由なりに動かすことに慣れてきて、なんか歩き方も箸やフォークの持ち方も正しい動きを忘れてきていてよろしくありません。
今、障害者の手続きもしております。
その辺の結果も出たら、リハビリ形態をいろいろ見直そうと考えています。自費診療も含めて。
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保育園問題(というか福祉全般問題の原因ってなに)
ますだが匿名ダイアリーで「日本○ね」と書いて、だいぶ前に話題になった、保育園問題。
私にも周囲にも保育園に通わせる小さな子供はいませんし、このブログの主旨は脳疾患による後遺症持ちの生活を綴ることですが、保育園問題って少子高齢化、福祉という面で対岸の火事と無関心でもいられず、気にしております。
なにしろ当事者ではありませんから、ネットやニュースからの情報や、人から聞いた話ばかりで、ソースもそのまま鵜呑みにしていいことばかりではありませんが、知っていることを上げておきたいと思います。
この保育園問題、「働きたいママが子供を保育園に入れたくても入れられない」ことをメインに話が回っているようですが、問題は多方面で起きているようです。
保育園落ちて怒り困る「母・親」(現在話題の件も含め)
保育園、保育士の数が足りていないため、乳幼児を預かる保育園が需要に供給が追い付かず、仕事に復帰したくとも、仕事をしないと生活が苦しくとも、保育園に預けられない状態です。
私の知っているお母さんの例
産休中、出産前から保育園の抽選に応募していました。「そうしないと、いつ受かるか分かんないし、産休期限が過ぎても預けられないと、会社辞めなきゃいけない――と、思ってたっらあっけなく当選してしまった」と、まだ生後数ヶ月の赤ちゃんを保育園に預け職場復帰していました。「もう少し大きくなるまでそばにいてあげたかったんだけど、これ蹴っちゃうと、次いつ当選するか分からないから仕方ない」と言っていました。
ネットで見たお母さんの嘆き
共働きしないと生活できないから仕事をしたい。でも面接に行くと『お子さんが保育園が行けることが決まってから来てください』と蹴られる。保育園や行政には『働いていないなら預かることは出来ない』と言われる。
保育園ならありますよ(地方の過疎地域)
世の中、保育園不足と言っているが、過疎地では空きがある。入ってもらいたい。しかし保育園を必要としている父母はたいてい保育園が不足している都市部都市近郊に住んでいて、いくら空いていると言われても過疎地(都市部から遠く離れてる)ところに引っ越すことは出来ない。
保育士ならいますよ(潜在保育士免許を持った人の声)
結婚などして、パート的に曜日を決めたり短時間だけ働きたい、元保育士(有資格者)は、たくさんいるのです。しかし保育園側としてはフルタイムきっちり働いてくれる人を雇用しないと補助金が出ないので、パートタイム希望の保育士は面接で落とされることが多いようです。
保育士足りないなら、余ってる小学校の教員資格とか持っている人を配置すればいいのでは?(ある政策案)
乳児から幼児を見る保育士と7歳以上の児童を見る小学校教諭は、勉強していることが根本的に違います。最低二年は勉強している保育士に必要な知識を学んで国家資格を取っている保育士と同じレベルの知識を持たず、代わりになれますか? に、たいして現役保育士は「頑張って勉強して国家資格まで取ったのに資格なくてもなれるって、保育士の仕事舐めてんのか!」
保育士足りないなら、資格なしの人も働けるようにしたら?(ある政策案)
同上
保育園を建てるところがない(自治体)
保育園は子供の声やおゆうぎや遊びで、大きな音がほとんど一日中しています。住宅地の近隣に保育園が建設予定になると、建設反対の住民運動さえ起きます。
保育園に入れたい親御さんは送り迎え可能な、できれば自分が住んでる住宅地からあまり離れていない場所に入園させたいのですが、同時にそういう場所では保育園建設反対もされます。
保育園にそれなりの保育料払ってるのに(預けている一部ママの声)
おむつを始め、保育園に行かせるために用意するものが多くって大変、という苦情に対してある市長は「3万円の保育料は頂いていますが、例えば3歳児を1ヶ月預かるための経費は約10万円かかります。足りない分は公費で賄っています」
保育士になる勉強に、親との付き合い方を入れてほしい(保育園経営側)
親御さんの苦情や、ルール違反に対処しきれず悩んでしまってやめてしまったり、うまく対応できず無理難題を押し付けられることがある、という園経営側意見に対して「子供が好きで子供の面倒を見たいから保育士になったのに、クレーム処理係みたいな大人のあしらい方まで身に付けなきゃいけないの?」
保育士だったけど辞めました(保育士)
乳児や幼児を怪我や病気にならないよう見守り、聞き分ける歳でもない年頃の子に辛抱強く付き合い、体当たりで来る大勢の子供を見るだけでもすごく大変なのに、モンペ(クレームが多い親)はいるし、なのに給料は薄給。やってられない。
以上、保育園に関する私が知っているだけの問題です。問題は多方面にあります。
今と昔はいろいろ違いますが、私が子供の頃は、保育園や幼稚園に行かなかったという子もたくさんいました。
また、だいたいお母さんが家にいて、子供の面倒も近所の働くお母さんのうちの子も面倒見たり、家で介護もしていました。
私の子供の頃はまだ子供が多かった時代です。でも園が足りないという問題はなかったと思います。今は少子化で子供が少ないのに、なぜ保育園が足りなくなるのでしょうか?
昔はお父さんの稼ぎだけで、最低妻子くらいは養えました。
昔の適齢期に結婚しなくなって晩婚型になっている原因には、女性が仕事をメインに考える人が増えたとか、趣味や自分の時間を持ちたい人が増えたせいでもありますが、晩婚になりたくなくてもそうなっている原因は、昔適齢期だった二十代半ばから三十くらいの男性に払われている給料が、ほぼ妻子を養えるほどではなくなったせいもあると思います。
女子には「貧困女子」という言葉さえ出来てしまうほど、若い子の給料は安くなってますね。私の会社にいた女子は入社二年目でも、「親に毎月少し仕送りもらってるんです…」と言ってました。
給料じゃないんですか? デフレも。
高度経済成長を経てバブルがあってはじけて、デフレとなり、意外と物価は私の子供の頃からそれほど上がっておらず、ものによっては、私が若い時(30~40年前)のほうが高かったものもあります。
しかし今は、みんなの財布のひもが固くなり、消費しなくなりました。消費税が上がると騒ぎます。牛丼やバリューセットの値段が上がると困った顔をします。
サービスの良さと、味、品質を安く提供するためにはそりゃ人件費は削られますよ。
物価の安い国に工場やサポートセンター移転しますよ。薄給で馬車馬のように人材使うんですから、結果的にブラック企業になるんですよ。
先進国の中では、日本の物価は意外と安く、消費税はけして高くはありません。
福祉が充実した北欧や東欧は消費税がべらぼうに高いですが市民は「福祉に使われるんだから仕方ない」と言います。
その代わり、それらの地域では、ネット注文した翌日に商品が届くようなサービスはほとんどありませんし、日曜日や祝日は商店もみんな休みです。
数ヶ月ごとに新機種が出る必要なんてないと思います。
美味しい牛丼が300円前後で食べられる必要もないと思いいます。30年ほど前、牛丼は確か450円でした。30~40年前マク〇ナルドでビッグ〇ックとポテトとシェイクを頼むと、1000円近く払っていました。いくら牛肉の値段が当時と今は違うと言ってもですね、彼らに払われてた給料は今より少なくて、物価もその割には今より高いのに、妻子を養えていたんです。
高校時代のバイトは時給、せいぜい450円でした。高校時代、自分のバイト代で安くてかわいい服を買えば4900円でした。
ただ、携帯代、プロバイダ代、ケーブルテレビ代は払っていませんでした。
これは大きいですね。きっと当時にこれらがあったら、もっと生活が地味だったかもしれません。
すべての政治問題や福祉や少子化、高齢化の問題は解決できませんが、でもやっぱり、
まず給料上げろ。
そして消費者がどんどん消費に慣れろ。
そして会社潤え。
だと思うんですが。
話がだいぶそれてしまいましたが、私のようにきちんとリハビリして、少しはまともに動けるようになれば、働いて所得税たんまり払ってあげるつもりの人間に、リハビリの上限を設け、後遺症を治させないで要介護3付けて税金をいっぱい使い、もし離婚したら生保で生きてイイヨというような社会。
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頭痛持ちだったのに、脳出血手術した今はないんですが
二十代の頃から俗にいう頭痛持ちで、偏頭痛もあり、普通の頭痛は月に1~2度以上、辛い偏頭痛(数日続く)も年に何度かありました。家にも会社にもバッグの中の持ち歩きポーチにも、頭痛薬を必ずいれていました。
偏頭痛を一番初めに感じたのは高校生頃なんですが、その後は特になく、慢性化したのは上記のとおり二十代超えてからですね。
女性は頭痛持ちが多いと言いますから、私もそれだと思っていたのですが。
仕事の疲れやストレスが原因だったか、もしくは脳の病気を持っていたからではないかと、今は思っています。
というのも、手術して以降、ほとんど頭痛がないのです。
手術後に変わったことと言えば、仕事をしなくなったこと。趣味だけで一日過ごせるようになったことなのです。
元々、私はすごい怠け者で、子供の時から、勉強を含め、何かに一生懸命になったことはありませんし(趣味だけは燃えてた)、大人になってからも、働く必要がなければ働きたくないと常に思っていたのに、なぜかストレスフル&多忙な仕事をしていました。今はまさに、無職で、家に籠って趣味に没頭する毎日です。
血圧も安定していますし、頭痛もほぼなくなり、恐らく再出血もしていません。
初めての出血が確か2010年、それから入院が3回、入院するほどじゃないものも含めると、再出血は6,7回していました。
やはり、頭痛や脳の病気とストレスって関係あるのかも?
あと、頻繁な頭痛があるなら私の様な時限爆弾が脳にあることを疑って、機会があれば脳MRI撮っておくのも、考えてみてください。
ちなみに私の初発症後、友人は人間ドックで念のため脳MRI撮ったら、血管腫が発見されました。場所も良くないしすぐにどうなるものでもないし、一生爆発しないものもありますから、手術はしませんでしたが、そういう病巣があると分かっているだけで普段の行動や体調を気を付けるようになれたと言ってました。
脳MRIは高いみたいですが(私のように病気がすでにあって定期検査が必要だとそこまで高くありません)、可能であれば念のため。
そう言えば、初めて入院したとき、同室で脳腫瘍の手術をした人も、頭痛で近所のホームドクターにかかったら、原因は分からないけど、一度脳MRI撮っておけばと言われ、撮ってみたら脳腫瘍の発見だったそうです。
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嚥下できても外食できないんです
たまたま読んだ漫画のワンシーンが、あまりに気持ちが分かり過ぎて、心で号泣しました。
そのシーンのあらすじ
戦時中の戦場で、夕飯を食べているシーンです。その中の兵士Aは利き手を負傷して動かなくなりました。その兵士Aは食事時になると見当たらなくなります。
兵士Bが探しに出ると、兵士Aは物陰でこっそり食べていました。箸を左手(利き手ではないほう)で持ってなんとか掴もうとしても上手くできず、箸や食べ物を落とします。箸がまだ上手に使えないし、でも貴重な食料を落として栄養にしないわけにもいかないので、結局、茶碗を持ち口を付けて、ずるずるぺちょぺちよと音を立ててなんととか食べていました。
「なにやってんだ?」と兵士Bが出て行くと兵士Aは「あ。見つかっちゃった。いや、こんな汚い食べ方みんなの前でしたら食欲失せるだろうし、自分も左手使える練習したいけど、頑張ってるとこ見られるの照れくさいから」と笑い、またずるずるすすって食べます。
兵士Aは普段は常に明るく笑っていて隊のムードメーカーです。戦争に来る前は御曹司で育ちも行儀もいい人でした。
兵士Bもいい家の息子で、厳しく作法を躾けられた人です。
照れ笑いしながら兵士Aが茶碗にくちを付けて音を立てて食べているのが、らしく無さすぎて見てられず、兵士Bは食べさせてあげた・・・
みたいなシーンで、最後の食べさせてあげるのは、きっと兵士Aには情けないことで、でも兵士Bは兵士Aの姿が見てられず、兵士Aの恥ずかしさや情けなさに触れない方が親切だと分かっていても、手を出してしまうのですが。
私はほぼなんでも食べられるので、その気になれば、人目を気にしなければ、外食は出来ます。
でもまさに、箸やスプーンフォークを上手に操作できず落としまくりますし(時には飛ばす)、何とか口に運べても唇の感覚が弱いので口の周りに必ず当ててしまい口の周囲べたべたで、食事中ティッシュを何枚も使いますし、口の中に入ったものを咀嚼しているときに、弱い唇で咄嗟に捕まえられず食べこぼしますし、嚥下できると言っても嚥下は弱いので何度もごっくんごっくんと力一杯(音を立てて)飲み込みますし、その大振り?な嚥下は空気も飲んでしまうそうで、予告なく止めようがなくげっぷが出ることが増えました。
この状態を他人に見られたくないから、大好きな外食には一切行っていません。
友人が見舞いにきたいと言っても、気持ちはすごくありがたいんだけど、一緒に食事をしてそんな状態見せたくないですし、歩行やしゃべり方やへんな声など、ほかにも、私自身が見られたくない、聞かれたくないと思うので、申し訳ないですが断っています。
家族や介助が出来る資格を持った友人からは「食事介助してあげても行けない?」と言われるのですが、「食事介助」されること自体に、抵抗があるのです。
兵士Bの優しさも哀しさも、私の家族や友人の優しさも分かりますしありがたいのですが、自分はとにかくみっともないところを見られたくないのです。
介助はやっぱり必要な部分はたくさんあります。
でも食事介助を他人に見られたくない。
汚い食べ方を他人に見られたくない。
使えないと分かっていても出来れば自分で箸を持ち、使えるようになりたい(未だに進歩はないですが)
病気前は週に1度以上は外食するくらい外食が大好きでした。
今は、まだ行けません。
まだ。
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咽やすくなった(改善?)
去年の夏ごろからでしょうか? 寝てると自分の唾で咽るようになりました。
発症以来、嚥下の機能は改善はしつつも、完全には戻っていません。
発症直後(入院中)
一切飲み込めず、唾液もカテーテルでほぼ一時間以内に吸い出してもらっていた(唾液もともと多い)
発症から一カ月くらい
カテーテルでの吸出しは減った。それまで出来なかったティッシュに吐き出すことが出来るようになった。それにしても減ってはいるからいくらか飲み込めるようにはなっていたらしい。
2か月
リハビリ病院へ転院後も相変わらず一日ティッシュ一箱使って唾液の吐き出し。でもカテーテルはほとんど使わなくなった。
2か月半
ようやく口から物が食べられるようになる。どろどろのミキサー食でも粘度が高いものは飲み込むのに苦労する。経口飲食するようになった途端、唾の吐き出しは激減し、あっという間に唾の吐き出しはしなくなった。
~リハビリ病院入院中約2か月半で、ほぼなんでも食べられるようになった。とろみなしの水分はまだ難しかった~
半年くらい
退院してからもずっと水分はとろみを薄くつけて飲んでいたが、ある日とろみをつけるのを忘れて飲んだら、意外に飲めて、とろみ卒業。
なんでも食べられるようになってからは大きな変化はないのですが、私は手もよく動かないので、例えばおにぎりやハンバーガは両手で持てない(協調運動障害で両手の力加減を合わせられないので激しく揺らして飛ばす)し、なので若干動きのマシな右手で持って食べるんですが、こちらも加減がうまく調整できず握りつぶしたり飛ばしたりしてしまうことがあるので、手で何度も口に運ぶこと自体が難しく、なるべく一回で大きな塊を口に入れます。
私は口の中が狭いので、健常時にもにぎり寿司を二くちで食べるような無粋なことをしていましたが、今は無理矢理口に丸ごと入れます。で、何とか少しずつ飲み下しながら口の中の物体を小さくしていくのですが、最初のほうは口いっぱいになってしまっているので咀嚼運動が出来ず、あまり噛まないまま飲み込んでいます。
そんなわけで、多分今は一度に飲み込む量が多くあまりかみ砕いていないことが多いのですが、未だ喉や嚥下に関わる機能の左側があまり効かず、ほぼ右だけ、訓練して大きいまま飲めるようにした感じです。
まるでフードファイターだ、とか思います。
で、なぜか去年の夏ごろからだったと思いますが、寝てると唾液が気管で咽るということが頻繁になりました。ほぼ寝ているとき毎回です。
飲み込みが悪くなったのかなあ、と思ったりもしたのですが、食事は嚥下に衰えは感じません。
私は左のどが弱いので、粘性のある唾液がいつも口の中に残ってる感じです。それを意識して飲み込めるようにはなりましたが、相変わらず常に溜まります。
そしてこれが、一日の終わりほどひどくなり、あえて、吐き出したり、寝る前には必ず吐き出してから寝ます。
それでも唾液は常に出ていますから、寝ている間にたまってその一部が気管に入り咽るようです。
寝ているときだけのつもりでいたら、数か月前から、起きているとき、なんでもない時に咽ることも増えました。
STさんや口腔外科で聞いても、そんな症例聞いたことがないと言って、明確な答えはないようです。
STさんたちも言っていたのですが、自分でも「咽始めて、それが多くなっているのは、感覚が戻りつつある兆しかも」と思っています。
咽るのは気分のいいものではありませんが、まだそこに元気な反射があるんだと思って。
あーでも、両方の喉ともまともに使えるようになりたい。
私の場合、嚥下だけの問題ではなく、軟口蓋の下がりも問題(口内圧力がかけられないから発音や嚥下にも影響)だし、唇も感覚おかしいので、寝床によだれ用タオルは欠かせないし、舌も見事に半分感覚障害なので味はちゃんと分かっても、熱いものは飲食できないなど、まだまだ飲食を心置きなく楽しむことは出来ていません。
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認知運動療法……
今訪問PTでは、しばらく認知運動療法(認知神経療法)的アプローチをしています。
この概念もざっくりしか分かっていないので、素人考えばかりになりますが。
PTでは歩行の安定性を目指しているのですが、ぶっちゃけ、退院前より徐々に歩くのが下手になってきています。
退院前は強制的に毎日筋トレ重視、とにかく歩く、階段昇降をやっていたので「そりゃ、こんだけ毎日筋トレして筋肉で固めて歩き慣れれば、少しは歩けるようになって当然だけど、これやらなくなったら退化するよね?」と思っていましたので、あまり驚いてもいませんが。
リハビリしたくても週に一度40分の訪問PT以上のことは私は規定上できません。「じゃあ訪問やめて外来?」とか考えても、やはり毎日は出来ませんし、そもそも自力で通えません。ヘルパーさんに連れて行ってもらうにしても、電車使う遠いところはダメとか、長時間はダメとか制約があるので、現実無理です。
仕方なく週一の訪問PTにかけているのですが。
担当PTさんは勉強熱心ですし、いろいろ考えたり工夫しながらやってくれますし、信頼はしてます。
が、私の症状に、認知運動療法も、あまり合ってないのかなあ、と最近感じております。
最初はストレッチや軽い筋トレ、屋外歩行などもしていたのですが、PTさん、認知運動療法に傾倒していったようで、今はそういうのは一切なくなり、座ったまま、足の裏の感覚を目覚めさせる訓練や、膝の自在な角度の曲げ伸ばしなど、地味ですが、感覚をつかむことを重点的にやっています。
しかし、歩き方が一段と下手になったのはそういうアプローチを始めてからなんですよね。
一つ一つの施術も何のためにやっているのか、どういう結果が出れば成功かのかと真面目に説明しながらやってくれているのですが、うーん。
なんか違う。
いや、これ始めてから歩くの余計に下手になってるんですから、きっと何かが違うのです。私にはわかりませんが。
とにかく私は、腰が(体幹が)安定しない。膝がある角度に曲げると揺れる(左右の揺れる角度が違う)。足首が安定しない。
でも結局はこれらも含め手の不自由さも、体幹の失調が元になってると思うんですよ。
これまで何度か機会があってボバーズ的アプローチをしたときには、やはり体幹には必ず触れていました。
デイサービスのPTさんでとっても若いのですが、真面目で勉強熱心そうで、信頼している子がいるのですが、その子曰く「あんこさんは、やっぱりボバーズ的アプローチだと思うんですよね。似たようなので認知運動療法とかもあるんですけど、ちょっと違うかな」と偶然言われたことがあります(訪問PTで認知運動療法やっていることは言っていない)
そのPTさん「いやまだ秘密ですし、どうなるか分からないんですけど、受かれば大学院行って、もっと勉強しようと思ってるんです」と言っていました。
やっぱり、しっかりしているというか、真剣にこの仕事で患者さんの回復を目にしたいと興味を持ってやっている人は違うなあと思いました。
でも現在のPTさんも「本格的にしばらく認知運動療法の勉強をする」ということで、最近退職されました。
このPTさんもほんとに立派な方でした。
ただ、私に認知運動療法は合ってないと思うんですよ。
新しいPTさんのリハビリはまだ始まっていませんが、どのような感じになるのでしょう。
体幹失調の方、認知運動療法でうまく行ったという人がいれば、患者、PTさん問わず聞いてみたいですが、分からずされるがままの体幹失調の方、筋トレメインや認知運動療法は私の経験ではあまり効果は期待できていないので、今一度様々な療法を考えた方がいいかもです。
もちろん、ボバーズもしっかりやったことはないので、継続した場合の効果は分かりません。
ああ、体幹の不安定さ、膝の揺れが鬱陶しい。。
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☆この記事は2010年代初出のものを身バレ防止のため時期をぼかしてリライトしています。
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傾聴も気遣いもいいけど、中身は(愚痴系)
どんなに一生懸命に接してくれていても、明るく励ましてくれていても、たった一言がすべてを台無しにしますね。
例えば(身バレしないようにフェイク入れます)
・新たに担当になったデイサービススタッフ
ス:ロフストランド杖って使いづらくない? 持ち歩きづらいだろうし。歩きにくそうに見えた。
私:歩きは、あれが精一杯なの。普通の杖だと支えられないのよ。4点杖とかも試したけど、上肢も失調が強いから無理なの。
ス:(↑「うんうん」相槌入れてましたが、そもそも聞いてたか怪しい)スキーストックみたいに両手で使うやつあるよ
私:うん、知ってる。けど、左手は特にだめだから、支えられないの。
ス:(↑「うんうん」相槌入れてましたが、そもそも聞いてたか怪しい)今度そういうストックみたいのも用意するからさ、PTさんに指導してもらいなよ。
私:……うん(おまえ、私の話全然聞いてないだろ)
・新たに送迎になったスタッフ
ス:(マンション廊下に響き渡るでかい声で)こんにちはー!○○デイサービスでーす!!
私(頼むからよそに聞こえるような声で叫ばないで……)
ス:あんこさん、下までも一人で歩けない?
私:そうなの。だから玄関まで車椅子送迎してもらってるの。ほんとは、歩いてみたいんだけどさ、トレーニングになると思うし。でもすっごく遅くしか歩けないし
ス:歩いてみたいなら、遅くても気にしなくていいよ
私:うんでも、絶対転ぶからやっぱり一人じゃ行けないの。だいたい、自分でドア開けても押さえて置けないし、自分で鍵かけられないし
ス:あ、そこから出来ないのか。じゃあ、まずは自力で鍵をかけられるようになるところからだね!
私:いや、『まずは』とか言われても、すでに1年通ってるんだけど……(だいたい、急ぐ送迎中に鍵かけ自力訓練つきあってくれないだろ)
ス:あー……そうでしたね(無言)
ある療法士
私::~~~というわけで、すごく良かったんだよ。(過去に行ったある遊園地乗り物系)
療:いいですねー! また乗れるといいですね!
私:え? 無理だよね?(そこまで回復が見込める状態じゃないの、あなたは分かってるはずだよね?)
療:あー……(汗)が、頑張りましょう!
たった一言で台無し。それまでの興味深げな相槌も適当だったんだ、機能改善考えてくれてるようで知識の押しつけ?
前も書いたかもしれないけどある療法士さんが先輩療法士さんに言われて考えが変わったという言葉。
「この人に自分はなにができるかじゃなくて、この人がしてほしいのははなんなのか、を考えなさい」
医師免許も持っていてリハビリテーションに目覚め、学校行き直したセラピストさんもいます。
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ボバース体験
機会があって、ボバース講師をしている先生にじっくり見てもらいました。生徒さんが何人か見ている中で、です。
ずっと細かく説明されながらの施術でしたが、筋肉の名前や専門用語は片っ端から忘れてしまうので、上手にレポートできませんが。
OTのボバースの講師の先生にも何度か見てもらうことがあったのですが、流れがやはり似ていました。
基本自分でまず動かした後、おかしな挙動の位置を触り筋肉の状態を見ていますが、そこが弱い、固い、正しく使われていないのは何が原因なのかを見つけます。
そこ自体に問題があることもありますし、そうなる原因は違う個所が上手に使われていないからなのだ、と見つけます。
例えば私は右前腿が初リハビリ以来ずっと恒常的に痛いのですが、これまでその原因をはっきり解明してもらったことはありませんでした。
今回その症状を言うと、いろいろ動いて「お尻の後ろの使うべき筋肉が全然使われないで立ち座りしている。だから、前腿に過剰に力をかけて立ち座りしていて痛めているのだろう」と初めて解明されました。
ふくらはぎも常に痛いのですが、これも立ち方での筋肉の使い方が間違っているせい。ふくらはぎにあるひらめ筋とあとなんだか忘れましたが、それらの筋肉が固くなっていて、別々の目的で動いておらず、どちらもどちらかの動きに引きずられて動いている。それを分けるよう解されました。相当固くなっているので、完全には出来ませんでしたが。
いろいろな症状を一通り見たあと、生徒さんに「どこから来ている症状か分かる?」と聞いていました。分かっていても、照れて言い出せないのか生徒さんは黙っていたのですが「震え、バランスがとりづらい、体幹が弱い、etc……これは脳幹。脳幹でも延髄の持っている機能がいろいろ疎外されてるんだね」と教えていました。
さすが。いや、知ってたのかもしれませんが、延髄の役割を細かく説明していました。
私のように震えがある場合、震えたまま動いたりリハビリを続けるのは禁忌のようです。震えが治まってやり直す、震えないように動かす。
震えが出るものにとっては、震えはノイズで神経伝達にノイズが入るようなもので、正しい動きが伝わらないのだそうです。
なるほどー。
震えを押さえて無理矢理動かそうとするのは、よくないんですね。
ビデオを撮りたいところでしたが、ビデオはないし、考えてみると先生が触って感覚で気付いて解明し、施術している感じです。ビデオどころか、見ている生徒さんには言葉で説明は理解できても、その時私の身体の微妙は変化や反応を感じることは出来ません。
学ぶ方も難しいだろうな、と思いました。
ああいう先生に週1でも見てもらえれば、可能なら毎日見てもらえれば、健常とは言わないまでも、杖で一人で出かける程度に歩ける日が来る気がします。
いろいろ無理ですけど。
手や上半身を使わずに立てない私ですが、施術後は下半身の動きだけで正しく立ち座りが出来ました。まあ、時間が経てば戻るレベルですが。
またこういう機会が欲しいです。
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普段気にしていない障害者もたまに落ち込むの
以下は、発症後一年めくらいに、珍しく(!)後ろ向きになっているとき、あえて書いたものです。
基本、私は障害があることに、おそらくあまり気にしていませんし、リハビリはいつからだって、真面目に正しい方法でやれば効果があると思っているので、焦りもありません。
それでも落ち込むときもあるんだなと、記録を残すつもりで書いたものです。
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多分、発症から1年くらいが経ったからこその感覚だと思います。
始めのうちは、早く動けるようになりたい、失調は難しいけれど、地道にやっていれば良くなる、という思いでいましたが。
今でも思ってはいるんです。
失調の回復は難しい、でも地道にコツコツ頑張れば今よりは良くなるはず。
ある程度良くなれば、そこからは動ける範囲が広がる分、活動的になって、加速度的に良くなるはず、って。
でも、ふと一年前の自分の状態と今を比較すると、根本的な部分はほとんど良くなっていないんですよねえ。
それは、私がさぼってばかりなのが一番の原因でしょうが、週に一度、一時間弱、専門家に指導してもらうだけでは、間に合わない。その時は少し良くなっても、すぐに戻りますし。
なにしろ失調はST、PT、OTどの分野でも探り探りな感じで、実際回復させづらい症状でもあるようです。
運良く、OT、PTでは講習会の講師をしている人に見てもらったことがあり、一度の施術でも大きな変化があったり、すごく勉強になる説明を受けたことがあるんですが、こういう方に毎日数時間見てもらえれば、恐らく回復の見込みはすごく信じられるものになり、私自身のやる気にもつながると思います。
しかし、現実には無理な話で、よっぽどの金持ちで破格のギャラを払って交渉すれば、専任でしばらく見てくださる方もいるでしょうが、そんな金どこにある? って話で。
このままなのかな。歳を重ねたら体が衰えて、むしろもっと動かなくなるのかな。
少ししか専門家のリハビリ受けられなくて、自主トレも、下手なやり方をすれば逆効果でやればいいってものでもないし、何をするにしても人の手を借りる今の生活。
なんか、やる気なくすんですよ。死にたいとかは思ってないし、そんなことすれば迷惑をかけている周囲の人をもっと傷つける。
でもこのままずっと自力でなにもできないなら、いっそ消えたいなあ、とかふと思うのは仕方がない。
と、つい考えがちなこの頃。
でもそう思っても、それは感情の一つであって、普段は元気にむしろ「あんこさんに励まされて~~やった」とか言われるくらい、明るいし前向きなことばっかり言ってるし、そうであるべきだと思ってます。
しかし、こんな気分になるときだって、そりゃあるでしょう。
そう思って「思う間はそう思ってればいい。そのうち思わなくなるさ」と、我ながらこの憂鬱とうまく付き合っています。
以前以上に自主トレしないのは問題だけど。
的確にリハビリするなら、いつ始めたって遅くないと思ってるし、むしろ間違ったリハビリ続けるよりいいと思ってるし。
なんか、後ろ向きなことですが、こんな気持ちになる人って他にもきっといると思う。
だから「やっぱ、そうなる人って他にもいるんだな」って思ってもらえれば。
なんだかんだ言ってますが、今は自力で出来る趣味(読書など)に没頭しすぎて、それなりに日々を楽しんでいます。
趣味のやり過ぎで自主トレ出来ていないのも、実はあるw
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